ルネサンス前とルネサンス後
 「絵画館」にはルネサンス以前から19世紀までのキリスト教絵画が並ぶ。名画がずらりとそろい、西洋美術史のハイライトを追うことができる。
 ジオットは遠近法を使った合理的な空間表現、豊かな感情表現、正確な人体表現というルネサンスの三大要素を最初に打ち出した、 近代絵画の始祖といえる存在。それまでの絵画では無表情に見える人物や、空間や人体が歪んでいるなど稚拙な表現がなされていたが、 ジオットは嘆き悲しむ人の表情を描くなどリアルで自然な表現をイタリア全土に広め、ルネサンスの基礎を築いた。
 カラヴァッジョの「キリストの埋葬」はバロックの代表作。この絵ではキリストがそれまでのように神々しく美化されることはなく、 まるで本当の亡骸であるかのように描かれる。苛烈とも言えるこのリアリズムはときに反発を生み、注文主である教会から受け取りを拒否されることもあった。 しかし、当時は偶像崇拝を禁止する聖書の原理主義に立ち戻ろうというプロテスタントが台頭していた時期。カトリックはそれに対抗するため絵画や図像に よる布教を推し進める。その際、リアルであればあるほど感情移入がしやすいとヴァチカンの枢機卿たちは考え、カラヴァッジョの生々しさを好意的に 受け止めた。
 暗闇にスポットライトがあてられたような劇的な表現は後にレンブラントやラ・トゥールらに引き継がれた。
ヴァチカン美術館にはこれら、西洋美術史を変えた巨人の作品がきら星のように並んでいる。
 ヴァチカン美術館ではこのほかにもシャガールやフォンターナらの近現代美術をコレクションしている。キリスト教美術という統一したコンセプトによる 一級品を集めた、特色あるコレクションだ。
 後期印象派の画家、ゴッホの「忘れられたピエタ」は十字架にかけられて死んだイエスを嘆き悲しむ人々の絵だ。 彼は画家になる前、宣教師をめざしたほどの熱心なクリスチャンだった。この絵では夕闇迫る中、死せる我が子を後ろから抱きとめようとする 聖母マリアが描かれる。これはドラクロワの絵を模写したものだが、弱々しく半身を起こすキリストを老いた聖母マリアが覆いかぶさるように支える 姿勢はミケランジェロの「ロンダニーニのピエタ」など、過去の作品にも多く登場する。またダリの「キリストの受難」にはティントレットに似た 構図のものがあり、美術史において先人の影響は無視できないことを物語る。ヴァチカン美術館にこのようなコレクションがあることはあまり 知られていないが、現代におけるキリスト教美術の傑作を一堂に見られる貴重な場だ。